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ひきこもり、ニートな俺の生活

俺って全然後悔ってしたことなんだけど。

よく会社を辞めて後悔しなかったかと聞かれることがあったが、それは全く無い。すぐやめたのも含めて数社に勤めたが、辞めて後悔したことはない。むしろサッサと辞めた方が良かった気がするときもある。

ただ、もし人間関係が良かったらずっと長く勤めただろうなと思わせる仕事はあった。しかし薄給であり、そのまま勤めたら後で困ったことになっただろう。むしろ人間関係が悪くて辞める決意が出来たことに感謝してもいいのかもしれない。

そんな感じで勤めてきたが、自分にとって全く向いてないダメな仕事ばかりしてきたように思う。でももし最初から違う道に進んでいたなら、その今までした仕事とやらに憧れを抱いたかもしれない。大学なんか行かないで高卒で公務員なれば良かったと思うが、もし高卒で公務員になっていたら、大学行けばよかったと後悔したかもしれない。つまりどっちに転んでも同じなのだ。隣の芝生は何とか・・。

しかしやはり人には向き不向きがあり、向いてない仕事を続けるのはナンセンスとしか言いようがない。自分は銀行に勤めて思った。自分は役席者とか店長とか絶対無理だと思ってた。人前に立ったり挨拶するのが凄く嫌なのだ。工場で研究作業員とか、いつも同じ顔見知りの仲間、いつも同じ職場でやる方が向いていると思う。

憧れは持っていた。そういうバランスのとれた人間になる事に・・。

苦手な事にも努力して取り組むのは大切だろう。そして自分の欠点を補っていく。これぞバランス型の人間だ。この思考は学生時代には重要だった。すでに90点の国語を頑張るより、40点の数学の勉強をした方が伸びしろが高い。合理的な考え方だ。だから社会人としてもバランスのとれた人間を目指した自分。まあ、間違いではないんだけどね。だからこそ後悔もしていないのだ。

そして今40を過ぎて無職な自分。もうこの歳になったらバランスとか言っていられないのだよ。何か1つのスキルの方が重要だ。誰でも思う事だろう。自分の強みとするところ。確かに社会に飛び込んでみればこの事の方が重要だろう。

というのはだな、学校の勉強と違って上限が無いんだよ。国語の点数の上限は100点までだが、社会人には関係が無い。自分のスキルを10000まででも伸ばすことができるんだ。それが1万点とかのやつが人間国宝とかプロ野球選手なんだろう。

それが分かっているのか、幼い頃より一点集中で育てられた方もいるよね。親の思想を子に託したのだろう。卓球少女とかゴルフ少女とか色々いるね。だけど子供の時点でそうさせるのはリスクが高すぎる。ごく一部の人はそれで有名になっただろうが、その他大勢は、そうはいかなかったはずだ。

そう思えば、俺は40歳を過ぎてそういう考えに目覚めたが、決して遅かったわけでもなく丁度良かったのかもしれない。諺で40にして迷わずだっけか、まさにそんな感じだ。だからこそ今までの事にまったく後悔が無いのだ。

いや後悔が無いわけではない、いや後悔と言うかそうじゃなくてさ、後悔と言うのは自分がやって来た、進んできた道に対しての事だろ。そうじゃなくて、「if」を考える事はたまにある。もし東京の学校へ行ってたらとか、もしあのとき違う会社に入っていたらとか、まだ見ぬ世界に対してだから自分がどうなるのかは検討がつかない。まあifを持ち出したら切がないわな。